「人は一人では~」2006/01/16 14:11

昨日、おいら旅館(おいらの住んでる部屋)のお得意様であるOBのIさんが、
新年会飲みをやるというのを聞きつけて、川崎からはるばるつくばまで駆けつけてくださいました。
そして

「ブログ全然更新してないじゃーん」

と言われてしまったので、もう少しちょくちょく更新したいなぁと思います。

今年は、普段おいらの頭の中で発生して外界に発されることなく消えていく思考たちを、
少しでも書き残していくためにブログを活用したいなぁと思っています。


今年の目標は just do it であると書きましたが、
そう言えば去年の目標はなんだったかなぁと思い出してみたら、
「心の成人」でした。建前だけではなく、心もしっかり大人になって、
社会に出ても恥ずかしくない人格になろうと思ったわけでした。
でもまだまだだめですねぇ・・・。

おいらは信頼を形成するために必要なことをやりきれない。
人とのつながりを活かしきれていないと思います。

人は一人では生きていけないなんていうのは誰もが改めて言う当然のことで、
でもなぜいろんな人が何度も言ってしまうかといえば、
どこかで自分がどうにかできると思ってしまうからではないでしょうか。

人生の中でのあらゆる仕事のなかで、自分でやるということに限界を感じて人の助けを求めたとき、
改めて「人は一人では~」と、また自戒するのだと思います。

just do itを達成するために、人とのつながりの持ち方はひとつの大きな鍵となりそうです。

自分の全てを表出するバドミントン2006/01/16 19:57

以前にタイトルのような言葉を出して、それについての説明が不十分だったことに、コメントをいただいて思い出しました。

凄く当たり前のことを書いてしまいますが、
自分の器が小さければ、自分の全てを表出したところで、できるバドミントンはたかが知れています。
逆に、どんなに自分を大きくしたところで、バドミントンに自分の存在をかける気持ちで取組まなければ、バドミントンで自分を表出することができません。

ずいぶん前から考えていることなのですが、
スポーツは凄くできるけど、あとはちゃらんぽらんな人がいます。
凄いパフォーマンスをするけれど、私生活はめちゃくちゃな人は、
おそらく一般に思われているよりもたくさんいるでしょう。
メディアが選手を美化しますからね。
そういう人たちはなぜそこまで強いのか。

当たり前に書いたけれども、「自分の存在をかける」ということが、
その人たちを強くするのではないでしょうか。
自分が自分であることを証明するために一番最適な方法がそれであれば、
それにたいして全てをかけることは非常にわかりやすい話だと思います。

で、自分の話にもってくると、
おいらは器用貧乏タイプの人間です。
どれもちょっとずつ手を出すから、何か一つにたいして本当に自分の全てをかける、ということをしない傾向があると思いました。
逃げ場があるんですよね、いろんなところに。
それがいいという人もいるけれども、おいらは自分の全てをかけている人に魅かれます。

かけていきたいです。


一日に2回もブログを更新することは非常に珍しいことであり、
しかもそれに満足してまた更新を怠ることもよくある話で、
つまりは次も期待せずにお待ちいただければと思います。